現代社会の足元を考える(10/6)

APLAの皆さん、こんにちは。閉そく感漂う中、年度が新しくなり、新政権も発足して、何か社会が変化するかもしれないとちょっとだけ期待感を 持たせる今日この頃です。市民運動の大切さを誰よりも知る新政権ですから、APLAを中心とする防災ボランティア活動への目線も変わってくることが期待さ れます。さて、今回は、現代社会の足元について考えてみたいと思います。4月25日に開催されたAPLA総会でお示しした下の一枚の絵について、今度、 APLA通信に再録するようにとの要望がございましたので、この一枚について少し補足をしようと思います。
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私たちは、世界でも有数の豊かな国に住んでいます。ですが、豊かな社会になる過程で、大事なことを忘れ、社会が災害に脆くなったようにも感じま す。今後、大きな地震災害を確実に迎えることが分かっている中、私たちの目の前には、解決が容易でない課題が山積しているように思います。これらの課題を 一つずつ克服し、予見できる災害被害を減じなければ、この豊かな社会の持続は難しいと感じます。「生」あるものの基本は、種を存続することにあります。現 代社会に生きる我々の最も重要な責務は、次の世代の人たちに対して迷惑をかけることなく、今の豊かな社会をきちんと引き継ぐことにあると感じています。そ のためには、現代を生きる個々人が、当事者意識をもって、その時をイメージする力をつけ、自分の家の被害を出さないように備えをすると共に、大事な子供た ちの生きる力を育む努力をしなければなりません。これを実現するには、伝え手の力がとても大きいと思います。APLAの皆さんは、防災リーダーとして、伝 え手の中心を支えてくださっています。ぜひ、よろしくお願いいたします。

それでは、以下に、上の一枚の絵に示した各項目について若干の補足をさせていただきます。

1.外力と抵抗力:外力低減(危険地撤退)と抵抗力向上(耐震化・維持管理・対応力)
地震で被害を出すかどうかは、地震により社会に作用する外力と、私たち社会が持っている抵抗力のどちらが強いかで決まります。外力を減らすには、危険な 地域から撤退すれば良く、抵抗力を増すには、建物であれば、建物を耐震化して強くしたり、建物の維持管理をしっかりしたり、さらには多少の被害があっても 社会として応急対応力・回復力をつけておけば、社会のダメージは小さくなります。問題は、今の社会が外力の大きいところに拡大し、都市社会の高機能化・高 密度化によって抵抗力が落ちていることです。これを少しでも改善する努力をすることが必要です。

2.地震活動期と気候温暖化:地震の連動、気候変動と複合災害
皆さまご存じのように、1995年兵庫県南部地震をきっかけに、西日本は地震の活動期に入ったと言われています。たしかに、この10年間、とても沢山の 被害地震が発生しています。今後、数十年以内には確実に南海トラフで巨大地震が発生し、内陸でも幾つかの活断層が動くだろうといわれています。これらの地 震の連動の仕方によっては大変なことになりそうです。一方で、地球の温暖化によって、気象災害の危険度も増しています。万一、大きな地震で堤防などが崩 れ、そこに大型台風がやってきたらどうなるでしょうか? 日本一海抜ゼロメートル地帯が広い当地です。複数の地震が続発する複合災害や、地震と風水害との 複合災害などを見据えた対策が必要だと感じられます。

3.低平地の土地利用:揺れ・液状化・堤防&埋立地沈下・浸水
名古屋市が誕生した1889年には名古屋市の人口は16万人弱、市域は洪積台地の熱田台地の上にとどまっていました。これに対し、現在の市域は堀川の 西、熱田神宮の南に広がる低地に拡大しています。これらの地域は地震の時には揺れが強く、液状化もします。揺れや液状化によって、堤防が被害を受けたり、 地盤が沈下したり、岸壁が移動したり、さらには津波による被害も懸念されます。また、50年前に経験した伊勢湾台風からも分かるように、風水害による危険 度も高い地域です。市域が低地に広がったことによる外力の増大を意識し、抵抗力を増していくことが必要だと思います。また同時に、人口減少時代を迎える中 で、より安全な地域へと撤収し、コンパクトシティを作っていくことも必要ではないでしょうか。

4.人口の偏在:人口集中と過疎、インナーシティ問題と限界集落
私たちの国の人口は、今から400年前の関ヶ原の戦いの時期には今の10分の1程度の千数百万人、江戸末期は今の4分の1の三千万人程度でした。この時 期には、日本全国に散らばって平均的に人が居住していたようです。明治以降、近代化の過程の中で、都市に人を集め殖産興業を図ってきました。その結果、三 大都市圏に人が集中することになりました。一方で、中山間地では人口の過疎化が進みました。その結果、大都市ではインナーシティ問題が、過疎地では限界集 落問題が発生しています。このような人口の偏在は、社会の災害脆弱性を増します。食料自給率が悪化しているわが国では、再度、地方にUターンし、農業生産 力を回復するとともに、全国に自律分散型の中規模都市を分散配置することが必要だと思われます。

5.構造物規模の立平面拡大:高層階の揺れ・高層難民&避難・同時被災者増大
建築・土木技術の進展によって、構造物の規模が高さ方向、深さ方向、そして平面方向に拡大しています。一つの建築物に1万人以上収容する建築物も珍しく ありません。このような建築物がひとたび被災するとその犠牲者は極めて多くなります。また、高層ビルの高層階の揺れは地面の揺れとは大きく異なり、エレ ベータが無ければ縦移動も困難になります。その結果、高層難民問題や避難者問題が発生します。本来、大規模な建築物は、被災影響度が大きいので、耐震性の 割り増しがあることが好ましいと思いますが、わが国では最適基準の建築基準法を満足すれば良いことになっています。このため重要度の高い建物も普通の建物 と同等の安全性しかありません。これを是正するためには、本来の建築の在り方を規定した建築基本法を制定し、個々人が建築物の安全性を考える社会を取り戻 していくことが必要になります。

6.高機能・高密度社会:ライフライン・電子情報への過度の依存、脆弱性と波及
人口が集中する都市では、高機能で、相互依存性の高い高密度社会を形成しています。高速道路・高速鉄道による横移動、エレベータによる縦移動、電気・ガ ス・上下水などのライフライン、電話・インターネットなどの通信インフラなどに強く依存しています。そしてどれか一つが途絶するとその影響は連鎖的に波及 していきます。そして、効率性を高めるために、様々なインフラが中央集約型になっています。独立性の高い自律分散型の社会と比べ、このような相互依存型・ 中央集約型の社会は、災害に対して脆弱性の大きな社会とも言えます。エコの時代を活用して、各家庭で電力生産ができるような自律分散型の社会を作り、省エ ネにも貢献できると良いと思います。

7.人口減少・少子高齢化・核家族:災害弱者、災害伝承、個人資産と国家債務、税負担の世代間公平性
一人の女性が一生に産む子供の数を示す合計特殊出生率が、昨年は1.37人だったそうです。この結果、私たちの国はとうとう人口減少時代を迎えてしまい ました。65年前の東南海地震の時代の人口分布はピラミッド型でしたが、次の地震のときには逆ピラミッド型の人口分布になっているでしょう。災害に弱い年 代の人が急増し、復旧・復興の担い手である働き手の世代が減少するため、社会の回復力が相当に減退してしまいます。核家族化により、祖父母の世代が、孫の 世代にかつての災害経験を伝承したり、生きる知恵を伝える機会も激減しています。現在、我が国の債務は1000兆円にも届こうとしています。一方で、個人 資産総額は1500兆円程度あるようです。このアンバランスは問題です。今は、現役世代が次の世代に借金して豊かな生活をエンジョイしているとも言えま す。次世代は、現世代が残した多大の債務を抱える中、大きな災害に見舞われることになります。このような税負担の世代間不公平は早く是正する必要がありま す。そのためにも、私たちは税負担のあり方を見直し、少しでも債務を減らすように努力をすることが必要だと思います。

8.地域社会:災害認知社会、地域共同体、市民参加、絆、自助・共助・公助
かつての日本は、農耕社会特有の地域共同体としての地域コミュニティの力を持つとともに、自然災害が身近であったこともあり、災害認知社会を形成してい たと言えます。これに比べ、現代社会は、人のつながりが弱くなり地域の力が減退してきました。さらに、人工環境の中で暮らしているため災害に対する感覚が 鈍っているように感じます。また、行政に対する依頼心が強く、自らの命は自らが守る自助や、地域の中で互いに助け合おうとする共助の意識に欠けているよう です。ですが、一方で、市民参加意識が芽生え、絆を大切にしたいと考える人も増えているようです。多様な人生観もった市民が増えつつある中、新たな市民感 覚が現代版の地域共同・災害認知社会を形成していくことが期待されています。

9.企業社会:分業と中央集約⇒脆弱性、無関心&ただ乗り、事業継続
利益追求を至上命題とする企業社会では、コスト削減と効率化のため、分業と中央集約を進めています。ですが、過度な分業化や中央集約化、在庫削減など は、災害時のリダンダンシーを低下させます。新潟県中越沖地震で、サプライチェーンの中の1社が損壊したことで日本中の自動車工場が操業停止になった事例 が思い出されます。地震活動期の中、企業の事業継続のために何が必要かを考えることが必要だと思います。普段接することの少ない大規模災害については、ど うしても関心が薄れ、行政へのただ乗り意識が芽生えます。ですが、ひとたび大きな損害を受ければ、企業の存立が危ぶまれます。会社と自宅の備えを促進して おくことが、得意先や社員から最も信頼を得ることだという意識を形成することが望まれます。

10.行政:縦割、自己防衛意識、創意工夫不足、情報非公開、小災害減少と体験不足
行政組織は、平時は役割を分担して仕事をすることで業務の効率化を図っています。ですが、一方で、縦割りによる硬直化という弊害もあります。行政が陥り がちになる、組織の自己防衛意識、情報の非公開、自己改革意識や創意工夫の不足、などをできるだけ避ける工夫が必要です。また、近年、社会インフラの整備 により小さな災害が減少しています。このため、災害を体験したことのある職員が減少しています。このような状況の中、一生で一度遭遇するかどうかの大災害 に対して、的確に対処できるように訓練をしておくことはなかなか大変です。

11.国民:心技体&生きる知恵、当事者意識、無関心・無責任、楽観と諦め、行政への依頼心
豊かな社会になり、自然との接点が減った都市社会では、個々人の心・技・体の力が弱まっています。かつての日本人が持っていた様々な生きるための知恵が 核家族社会の中で次世代に引き継がれていません。自然の怖さを実感する機会が減ったため、災害に対する当事者意識が弱まっています。また、社会が豊かにな り、行政サービスが行きとどき、行政への依頼心が強くなったため、多くの人が災害などの問題に無関心・無責任になりつつあります。さらに、「正常化の偏 見」で代表されるような楽観と、「どうせ無理だから」という諦めの両極端の考え方を持つ人が増え、災害と正面から向き合って被害軽減のために地道に取り組 もうとしている人が少なくなってきています。また、社会をリードする資産家の社会への責任感も減ってきているようです。私たち一人一人が当事者意識を持っ て安全安心な社会を築いていく役割を担っていることを自覚する必要があるようです。

12.専門家:細分化、危機認識不足と過信、倫理観・責任感低下、学力・技術力低下
現在、国立大学法人に勤める教員は約10万人です。かつてと比べ、学問の先端化とともに、細分化が進み、俯瞰的に物事を見る研究者が減ってきているよう に感じます。そのため、狭い研究の世界の中での過信が進む一方で、今の危機に対しての認識が十分でない研究者も増えているように思います。バーチャルな世 界での研究が嵩じると、社会に対する倫理観や責任感が低下しがちになります。これは、私たちが常に気をつけなければいけないことです。さらに、最近は、過 度な評価主義や人員削減、社会が研究者を芸者的に使う傾向が強まってきているため、研究や教育に費やす時間が激減し、研究者や技術者の学力が低下している ようにも思います。会議だらけで、実際に仕事をしている人の割合が減っている現状は日本の社会共通の問題点のように感じます。また、国民と専門家との情報 伝達の仕方にも問題があるようです。これまでは、専門家側が一方的に国民に情報提供をすることが多かったようです。今後は、双方向で情報を伝達すると共 に、その情報も良質かつ適正なものである必要があると思います。その上で、市民参加による意思決定を国民と専門家が協働して行う必要があると思います。

13.既存不適格物の放置と防災水準:社会的影響の開示、診断・改修技術、防災水準と経済性
我が国には膨大な数の既存不適格構造物が存在しています。一般に、重要な社会インフラほど、早期に整備します。このため、社会的影響度の高いものほど早 く作られています。ですが、初期に作られたものは、現在のものに比べれば耐震安全度は一般に低いと思われます。東京の中心を縦横に走っている高速道路や鉄 道、地下鉄などを見ると、郊外の新しいものと比べ心配な感じがすると思います。、初期に作られた発電所や工場、高層ビルなども同様の状況にあります。この ような広義の既存不適格構造物を放置しているのが現状のように思います。コンクリートから人の時代へ、と言う前に、社会を安寧に保ち、大災害で破たんしな い程度の防災水準を満たすように改修することが必要です。そのためには、これら重要な既存不適格物が損壊した場合の社会的影響度を開示し、診断・改修技術 などを早々に確立することが必要です。

14.住宅耐震化と室内安全:備えないことが恥ずかしいと思う社会、行動の誘発法
既存不適格構造物の一つである旧耐震基準の建築物の耐震化は遅々として進みません。また、家具の固定もなかなか進みません。建物の耐震化や家具固定を進 めなければ、本当に大変なことになってしまいます。自らが備えなければ恥ずかしいと思うような社会に早急に変え、皆で説得しあいつつ、互いに防災行動を誘 発する効果的な方法を作っていく必要があります。そのためにも、APLAの皆さんが率先市民として、防災行動の見本を示し、多くの方々をリードしていって 頂きたい思います。

15.人材育成:防災教育、家庭・地域・職場教育、伝え手、教材
かつては、様々な知恵が、家庭や地域で、お年寄りから子供へと伝承されていました。しかし、現在は、核家族化が進み、地域での絆が減ってきているため、 学校での教育に頼りすぎる時代となってしまいました。ですが、どうしても学校の教育は教科学習を中心とした知識の修得に中心になりがちになります。生きる ための様々な知恵を、体験を通して学ぶには、家庭や地域の中での教育が鍵を握ります。その際に、良い教材や、知恵の伝え手の役割が大きいと思います。今 は、修得する知識が膨大で理解力は増していますが、残念ながらそれを納得し、自分の問題だとして会得することが不得手になったように思います。今後、地域 や家庭での教育の力を増やすことが望まれます。

ここに示したことは、いずれも現代社会に生きる我々が、次の世代に社会を引き継ぐ前に少しでも改善しておくことが必要な課題だと思います。私た ち現代人は自己反省が苦手で、問題を先送りにしがちです。私たちは、今世紀前半に国民総生産の数割、国家予算の数倍の地震被害を蒙ることを知っています。 この被害を出せば我が国社会が破たんする可能性も大きいと思われます。減災への強い思いをお持ちの皆さまの力が頼りです。少しでも良い方向に社会を改善し ていきましょう。
その際に役に立つと思う道具を作ってみました。下記のような画面の中で、自分の住んでいる場所の揺れを体感することができると思います。一度、http://sim.sharaku.nuac.nagoya-u.ac.jp/EVEREST/をお試しください。
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