阪神・淡路大震災から15年(10/1)

皆さん、新年明けましておめでとうございます。本年も、旧年同様、よろしくお願い申し上げます。新しい年が災害の少ない年であることを祈ってい ます。また、皆さまにとって素晴らしい年になること、そして、皆さまの様々な活動が実を結び、災害被害を少しでも軽減できるようになることを祈念していま す。

昨年は、9月26日に伊勢湾台風から50年を迎えたこともあり、多くのメディアが50年前の台風災害について様々な報道をしました。そして、50周年の 直後の10月8日に、台風18号がわが地を直撃しました。三河地域を中心に被害が出ましたが、50周年に関わる様々な報道のおかげで、多くの住民が的確な 行動をし、被害を最小にとどめることができたように思います。まさしく「災害は忘れたころにやってくる」の逆で、50周年行事を介して台風災害の問題を しっかり記憶・伝承したことが、災害被害の軽減に役立ったように思います。

また、8月11日には、駿河湾でマグニチュード6.5の地震が発生し、これから迎える本番を思い起こさせる強い揺れに見舞われました。震源に近 い静岡では、家具止めなどの事前対策が多いに役に立ったようで、当地でも参考になることが多々ありました。これから遭遇する東海・東南海地震では、マグニ チュードは2つ程度大きくなります。愛知県内では、震源からの距離も1/3程度になります。一般にマグニチュードが1大きくなると震度が1つ大きくなり、 揺れは9倍になります。また、距離が1/3になると揺れは3倍になり、震度が1つ大きくなります。従って、本番では、駿河湾での地震に比べ震度が3程度増 え、揺れの強さは30倍程度になになります。駿河湾での地震の時の愛知県内の震度分布に震度を3足すと、内閣府や愛知県が被害想定で作成した震度分布と そっくりになることが分かります。すなわち、愛知県や国が想定した震度分布もそれなりの精度があることが分かります。したがって、被害想定で示されている 被害量をしっかり頭に置いて、事前の備えを促進することがとても大事であることが実証されたとも言えます。

さて、今年1月17日で、阪神・淡路大震災から15年となります。そこで、この15年を少し振り返っておこうと思います。

1995年1月17日、私は裁判の鑑定で岡崎にでかけることになっていました。早朝の強い揺れとテレビの被災映像の中、後ろ髪を引かれながら、 車で岡崎にでかけました。車中でラジオから被災情報を聞き続けましたが、時間とともにひどくなる被害状況と、災害報道の混乱ぶりの中、焦りを感じつつ運転 をしていました。早々に鑑定を片づけ、大学に戻って、できる限りの情報を収集して、地元メディアの方と一緒に現地に向かいました。幸い、近鉄が動いていま したので、難波まで行くことができ、夜には、尼崎のホテルにたどり着きました。大渋滞と鳴り響くサイレンの音が今でも頭に残っています。

翌日、被災地に足を踏み入れると、余りの被害に声を失い、何とも言えぬ喪失感と自責の念を感じました。そして、無性に何かをしなければと思った のを記憶しています。1か月ほどトラウマで良く寝むれない日々を過ごしました。その時、被災地に入った多くの建築技術者が同じような思いを持ったはずだと 思います。自分たちが作った建物が無残に壊れ、そこで多くの人たちが犠牲になりました。純粋に、人の命の大切さ、建築のあるべき姿を考えました。
震災の最大の教訓である「人を守る家」は、2000年前にウィトルウィウスが建築十書で「強無くして用無し、用無くして美無し」と述べた建築の原点でもあります。そのことが震災後15年を迎え、忘れ始めているのではないかと感じる今日この頃です。

震災後、工学系の学協会からさまざまな提言が出されました。これらの提言から、当時の研究者の思いを知ることができます。例えば、日本建築学会 は、震災半年後に、「建築および都市の防災向上へむけての課題(第一次提言)」を、震災2年後に「被災地域の復興および都市の防災性向上に関する提言(第 二次提言)」を著しました。

第一次提言では、総合的に検討すべき課題として、「A.災害に強い都市づくりの推進」、「B.既存不適格建物の耐震対策」、「C.耐震性能を明 確化した設計法の開発」、「D.災害情報システムの確立」、「E.地震災害の防止・軽減に関する基礎的研究の振興」の5項目を掲げています。

具体的な課題として、都市づくりでは「1.都市構造の防災化」、「2.自立的な防災市街地空間の形成」、「3.木造密集市街地の改善」、「4. 防災・避難施設の整備と応急臨時住宅の供給の多様化」、「5.歴史的建造物等の文化的資産の保全と再生」。耐震対策では「1.既存不適格建物の耐震性向上 等の改善の推進」、「2.既存不適格被災建物の再建・復旧方策の明確化」。設計方法では「1.現行の耐震設計体系のメンテナンス」、「2.施工・管理体系 のグレードアップ」、「3.性能表示型耐震設計法の開発」、「4.基礎構造の耐震設計体系のグレードアップ」、「5.設備機器および非構造材の耐震性評価 手法の開発」。さらに情報面では「1.災害情報ネットワークの整備」、「2.都市情報データの体系化」、「3.公開と共有の原則に基づく情報システムの運 用」を示しています。

当時を振り返って見ますと、震災以前と比べて、災害情報を始めとする発災後のソフト的な対応が重視されたように感じます。これらの課題の多く は、この15年間で、随分改善されたように思います。特に、Dの災害情報システムについては、ICTの進展もあり、緊急地震速報や各種の災害情報システム として具体化してきました。
また、A~Cも、応急危険度判定士の養成や耐震改修促進法の制定などの仕組み作り、建築基準法の耐震規定の改正など耐震設計法の整備、各種の耐震化工法の 開発など、着々と進展してきました。これに対し、現行耐震基準を満足しない既存不適格住宅の耐震改修はなかなか進んでいません。

一方、第二次提言では、「1.被災地域の復興に向けて」、「2.被災者の速やかな生活復旧を支援するシステムのあり方」、「3.災害時の対応行 動と避難を確保するシステムのあり方」、「4. 木造密集市街地の防災まちづくり方策」が掲げられました。いずれも、被災地復興の中であぶりだされた問題 が中心課題になっているように感じます。被災者の心情に配慮しているためか、耐震化など被害軽減のための事前の備えについての重要性の指摘は、この段階で はやや乏しくなっているようです。

震災の半年後、地震防災対策特別措置法が制定され、地震による被害の軽減に資する地震調査研究の推進を図るために、地震調査研究推進本部が設置 されました。地震調査研究推進本部は、主要な活断層の調査、地震の長期評価、堆積平野の地下構造調査、観測網の整備、地震動予測地図の作成など、地震の発 生や地震による地盤の揺れの解明に多大な貢献をしてきました。

阪神大震災では、設計で想定している地震動よりもはるかに強い揺れを受けたのにも拘わらず、多くの建物が微少な被害にとどまりました。そこで、構造物の 耐震性を明らかにすることを目的として、防災科学技術研究所に兵庫耐震工学研究センターが設立され、実大三次元震動破壊実験施設(Eディフェンス)が整備 されました。Eディフェンスを用いた多数の実大震動実験は、建築物の耐震実力を明らかにすると共に、その実験映像は市民の啓発に多大な貢献をしてきまし た。特に、木造戸建て住宅の倒壊映像は、テレビ等で頻繁に放映されています。

21世紀に入って、中央省庁再編により内閣府に移管された中央防災会議が、東海地震、東南海・南海地震、首都直下地震などに対する被害想定を実施しまし た。そして、国難とも言うべきその甚大な被害が明らかとなり、国は十年での地震被害半減を目指した地震防災戦略を策定することになりました。

これを機に、耐震化率90%を目指して、停滞気味だった既存不適格建物の耐震改修が一気に促進されました。自治体は耐震改修促進計画を作成し、 耐震診断や耐震改修の補助制度を整備しました。また、静岡県のTOUKAI(東海・倒壊)0プロジェクトを始めとして効果的で安価な耐震改修法の開発が進 められました。耐震化を進めるための仕組み・工法・インセンティブなどの体制が整備され、最後に残った障壁は、住宅の所有者である個々人の意識となったよ うです。そこで、国を挙げて災害被害軽減のための国民運動を推進することになりました。

今のまま大都市が巨大地震を迎えれば、我が国社会は破たんし、次世代や国際社会に対し取り返しのつかない被害となります。高機能化した社会は、一つの弱点から被害が連鎖し想定外の事態をも招きます。

多くの人たちは来るべき地震に対し、何となく不安を感じています。大規模地震災害への責任を行政や専門家だけで負える時代ではなくなっていま す。皆で解決策を考える環境を醸成していく必要があります。災害は人間の活動が生み出すものです。個々人の災害観が変われば確実に被害は減ります。私たち の心の中に解決の糸口があるように感じます。

地震災害に対する意識を変え、耐震化の実践へと住民の皆さんを誘導するには、個々人が理屈を超えて耐震化の必要性を納得し、地震災害がわが身に降りかか る問題だと実感すること、そして、耐震化の必要性を互いに説得し合った上で、専門家が耐震化への解決策を提示することが必要となります。

このためには、納得感やわが事感を実感できる情報提供、説得役のお節介な人材、減災への思いをもった専門家の存在が鍵を握ります。私たちも情報 提供のお手伝いをしていきたいと考えています。防災リーダーの皆さまには、しっかりお節介を焼いて、専門家と住民とをつなぐ双方向コミュニケーションの担 い手として、住民と共に考え、率先市民として地域の人たちと協働して減災活動を実践していただければと思います。そうすれば、まちぐるみの耐震化は必ず成 功すると思います。

最近では、産官学民が連携して耐震化運動をまちぐるみで進める協議会が県内のあちこちにでき、大きな成果を上げて始めています。こういった実践 事例が出てき始めたことが、この15年間の成果であると感じています。防災リーダーの皆さまの活動が、あちこちで成果を挙げていることを見聞きします。今 年も、活発な実践活動をよろしくお願いいたします。