あけましておめでとうございます。皆さま、素晴らしい新年をお迎えのことと思います。さて、災いの多い亥年から子年へと年が変わりました。昨年 は、能登、三重・亀山、中越沖と、地震災害が続きました。また、安部前首相の突然の退任や守屋前防衛省事務次官のゴタゴタで、政治の世界も混乱気味です。 今年は、心機一転、夢ある明るい年になることを願っています。
昨年7月16日に発生した中越沖地震では、原子力発電施設の問題がクローズアップされました。そこで、今回は、ライフラインとエネルギーの問題について考えてみたいと思います。
私たちの生活は、一昔前と比べてとても便利になりました。かつては、時計がゆっくり回るスローライフでしたが、今や、飛行機・新幹線・高速道路で都市間を 高速移動できようになり、日本中どこでも日帰り出張が可能になりました。高度成長のため都市に人口を集中させ、まちを軟弱な地盤に拡大し、建物を密集化・ 高層化させました。戦前と今のまちの様子は全く違います。高速電車や地下鉄・バス・マイカーが横移動を、エレベータが縦移動を高速化し、まちの拡大と高層 化を支えました。ヒートアイランド化した都市でも、エアコンが快適にしてくれています。各家庭には、テレビ・冷蔵庫・洗濯機・乾燥機・食器洗い機・電子レ ンジ・電気ポット・掃除機・アイロンなどの電化製品が溢れ、コックをひねれば加熱も給水もOK、内風呂が当たり前になり、給湯・シャワー設備も完備、お便 所も水洗で暖房便座・洗浄機付き、電話・携帯・メールで楽々通信、そしてインターネットで情報検索、こんな世の中になることを、60年前に誰が想像してい たでしょう。
ラ イフラインに頼り切った私たちの生活は、災害にはとても脆いということに、気づいている必要があります。少し、戦前の生活を思い出してみましょう。電車や 車はのんびり走り、その数もとても少ない、大変なスローライフでした。地震の揺れを感じても、容易に止まることができましたので、JR西日本の宝塚のよう な事故は起きにくかっただろうと思います。都市内を縦横に高速に移動する手段もありませんので、まちはコンパクトで、建物も低層でした。帰宅困難問題もあ りませんし、地下鉄やエレベータの中で閉じこめられる危険もありません。まちには緑や水がふんだんにあり、風通し良い家屋だったので、冷房は不要、練炭や 炭のこたつを使った局所暖房で寒さもしのいでいました。家庭にある電化製品はランプやラジオを除くと殆どありません。内風呂は少なく薪を使っていました。 煮炊きは竈や久土でした。井戸水や汲み取り便所を使い、上下水道に頼ることもありませんでした。もちろん、通信手段も殆ど使っていません。
このように、電気・ガス・上下水道などのライフラインや交通手段、通信手段には殆ど頼っておらず、自然を利用しながら人間の力で生活をしていました。唯一利用していた電気も、少量で水力発電が中心でした。
一方で、現代社会は様々なライフラインに頼り切っています。中でも、電気はなくてはならないものです。そこで、以下では、電気の問題について考 えてみたいと思います。現在の我が国の発電容量は、全体で、201,333,216kWで、その内訳は、水力が1163箇所3429万kW、火力が161 箇所で11,971万kW、原子力が15箇所4685万kWとなっています。全体の6割が火力、23%が原子力、17%が水力となっています。1箇所当た りの平均発電量は、水力は3万kW、火力は74万kW、原子力は310万kWとなっており、原子力発電施設の集約度が良くわかります。
図をご覧下さい。私たちが利用している中部電力の発電所の位置を示しています。中部電力の資料によると、平成18年度時点では、水力は182箇 所522万kW、火力(汽力)は10箇所2237万kW、原子力は1箇所488万kW、合計3247万kWとなっています。送電用の設備は、電線の長さは 12,218km、鉄塔の数も30,808基、また、配電用の設備も、電線は134,971km、電信柱は270万本にも上るようです。気の遠くなる数の 多さです。これらがすべて健全でなければ、電気は届きません。
水力発電所は、各県に均等に分散し、そして、とても堅い地盤の上の揺れにくい場所に立地しています。個々の発電所の出力は小さいですが、多数の 発電所があり、エネルギーの元である水は自然に供給されます。一つが止まってもその影響は小さく、災害に強い自律分散的なシステムであると考えられます。 かつては、この水力発電所の占める割合が大きかったことは大事なポイントです。
これに対して、原子力発電所は浜岡の1カ所です。浜岡は、我が国で2番目に大きな原子力発電所で、500万kWもの発電ができます。これは中部 電力の15%程度を引き受けています。大きな発電所が停止したときの影響については、中越沖地震によって、世界最大の柏崎刈羽原子力発電所が停止したとき の電力供給不安を思い出してもらえれば、よく分かると思います。柏崎刈羽原子力発電所の場合には、様々なトラブルは発生したものの、幸い、原子炉建屋など の重要な建物や重要機器の被害は報告されておらず、「冷やす」「止める」「閉じこめる」の3つの大原則は守られたようです。しかし、事務建屋や、変圧器な どの周辺機器の損壊が多数見られ、発電所の継続利用の立場からは課題を残しました。原子力発電所の場合には、再稼働のためには十分な安全点検が必要となる ため、発電開始には大変な時間がかかると思います。ちなみに、浜岡発電所は東海地震の震源域の真上に位置することもあり、安全余裕度の確保のため、耐震補 強工事が実施されています。
少し、原子力発電所のことについて、触れてみましょう。私も、建設会社に勤めていた時に、原子炉建屋の設計に関わったことがあります。原子炉建 屋のような重要な建物は、岩盤に直接支持し、通常の建築物の3倍の地震力に対して安全性を確認することが要求されます。さらに、過去の被害地震でも被害が 殆ど報告されていない鉄筋コンクリート壁式構造という剛構造が採用されています。通常、建物は、地面の揺れを受けると建物が変形し、建物の揺れは地面に対 して2~3倍に増幅されますが、原子炉建屋は堅いのでほぼ地面と一緒に動きます。また、都市部の軟弱な地盤では、地面の揺れは岩盤の揺れに比べて2~3倍 に増幅されます。すなわち、原子炉建屋の場合には、地震の時の建物の揺れを一般建物の3倍と仮定して安全性を確認している一方で、建物の揺れや地盤の揺れ の増幅は小さくなるように建物・地盤を選定しているため、一般建築物に比べ、(地震力=3倍)×(建物の揺れの増幅の控除分=2~3倍)×(地盤の揺れの 増幅の控除分=2~3倍)≒10倍、もの実力があると言ってもよいと思います。これが、柏崎刈羽原子力発電所の原子炉建屋が、中越沖地震で極めて強い揺れ を受けても、ほぼ無損傷だったことの理由です。
一方で、発電の7割を占めるのが火力発電所です。かつてはほとんどが石油火力発電所ですが、オイルショック後は、エネルギー安定供給のため、石 油、石炭、天然ガスなど様々なものが用いられています。立地場所を見てみると、尾鷲の三田火力発電所を除くと、伊勢湾、三河湾地域に集中していることが分 かります。すべての発電所が、東南海地震の震源域に近接した軟弱な地盤の上に立地しています。このため、東海・東南海地震では強い揺れと液状化に見舞われ ることになります。火力発電施設は、基本的に、一般建物と同様の耐震設計が行われています。このため、原子炉建屋のように無傷というわけには行かないと思 われます。柏崎刈羽原子力発電所でも、地盤の変状や強い揺れによって、通常の建物と同様の耐震設計をしていた施設・設備に、多くの被害がでました。発電・ 送電に必要となる様々な施設について、その損壊の影響度を把握し、早期発電ができるような対策が必要だろうと思われます。伊勢湾・三河湾沿岸の埋立地に発 電所が集中立地している現況は、平時の効率性は極めて高いですが、巨大地震のことを考えると、燃料の確保、液状化地盤上の各種設備・施設の安全性、同時被 災の可能性など、不安を感じます。火力発電所に大きく依存する当地の場合には、火力発電所の存在しない愛知県・三重県以外では、送電の問題も大きいと思わ れます。今後、これらの課題について、皆で考えていく必要があると思います。
兵庫県南部地震のときには、被災地域が局地的で、発電所は被害を免れることができ、送電・配電設備を修復すれば通電が可能でした。全国の電力会 社からの応援も可能でしたから、送・配電設備の早期復旧により、1週間程度の仮復旧ができました。残念ながら、東海・東南海・南海地震が同時発生した場合 には、多数の発電所の同時被災も覚悟する必要があると思われます。被災地となる中部電力・関西電力・四国電力・中国電力・九州電力の周波数は60Hzであ り、被災地外の電力会社は東京電力をはじめ50Hzです。富士川を挟んで電力を融通するには大容量の周波数変換装置が必要となりますが、現在3つの周波数 変換設備(新信濃、佐久間、東清水)の総容量は100万kWと、全く不十分な状況です。このように、不安要素はたくさんありそうです。
私たちの生活は電気がなくては成り立ちません。当り前のように使っている電気ですが、意外な落とし穴がるように思います。一方で、非常用発電装 置があるから安心、と思っていらっしゃる方も多いようですが、水冷式であれば水道が途絶したら使えません。空冷式でも耐震対策が不十分だと転倒などで使え なくなります。燃料が十分になければ、長い時間は使えません。また、燃料が重油だったりすると、燃料を入手すること困難です。一度、電気のことを、真面目 に考えてみてはどうでしょうか? 電気を手始めに、ガス、水道、電話、交通機関などが止まった時のことも考えてみてください。いろいろな想像をすること で、日頃の備えが充実していくと思います。