地震動予測地図(05/9)

2005年9月

地震対策は、ある種の戦いです。敵は地震の揺れ、相手の力と自分の力のどちらが強いかで勝負が決まります。相手の力がハザード、自分の力が防災 力です。ハザードによって人的・物的被災などのリスクがもたらされます。リスクを軽減するために防災力をつける必要があります。防災力をつけるには、体を 鍛える(ハード対策)必要があります。どんな相手にも負けない圧倒的な力(例えば高い耐震性)を持てばどんな敵に勝てるかもしれません。ですが、圧倒的な 力を持つのは並大抵な努力では無理ですし、直ぐには強くなれないのが常です。これは、時間やお金の制約が有って建物の耐震化が進んでいない様子に対応しま す。このため、できること(例えば家具固定)から少しずつ始めて防災力を高めているのが現状です。一方、戦いで負った痛手を少しでも和らげてダメージを軽 減し、早く体力を回復することも必要です。これには、精神力や、早期の手当などが役に立ちます。リスクの波及を減じる減災に対応します。減災では、人や情 報・システムなどのソフト対策がキーになります。

敵を知れば、戦いに勝ちやすい力を効率的に作ることができます。すなわち、ハード対策やソフト対策を推進するには、ハザードを知ることが基本に なります。ハザードが分かれば、適切な対策の立案・実施や防災意識の啓発にも役に立ちます。ハザードを知るのに役にたつのがハザードマップです。狭義に は、自然現象である揺れの強さを示す地震動予測地図を示すと思いますが、広義には、人工物の物理的被害を示す被害予測地図も含めても良いかもしれません。 前置きが長くなりましたが、今回は、地震動予測地図について簡単に紹介をしたいと思います。
最近、様々な機関から、それぞれの目的で、地震の揺れを予測した地震動予測地図が示されています。これらの予測地図には、特定の地震を想定して揺れを予測 したシナリオ型の地図と、考え得る全ての地震を想定しそれぞれの地震の発生確率を勘案してある期間にある確率で経験する揺れの強さ(あるいは、ある揺れの 強さをある期間に受ける確率、ある揺れの強さをある確率で受ける平均期間)を示す確率論的な地図とがあります。

これらの地図を作製するには、揺れを形作る様々な要因について、十分に調査しておく必要があります。まず最初に、地震の震源そのものを調べま す。どこで(震源・震源域)、どの程度の規模(マグニチュード)の地震が、どの程度の確率で発生するか、そしてその破壊の仕方(強く破壊する場所:アスペ リティの位置、破壊の開始位置、すべりの大きさとすべりの速度、破壊の伝播の方向と破壊の伝わる速度)などはどうか、などです。

次に、揺れが震源域からどのように私たちの住む地域に伝わってくるかを考えます(伝播経路)。揺れは、硬さの異なる色々な媒体の中を通って私た ちの住む地域に伝わってくるので、この媒体のことを調べる必要があります。揺れは地震波として伝わります。地震波には、縦波(P波)や横波(S波)などに 加え、地面近くを良く伝わる表面波などがあり、地震波は震源から拡散することにより、揺れの大きさを徐々に減らしながら私たちの地域に到達します。した がって、震源からの距離が離れているほど揺れが小さくなります。

私たちが住んでいる町の多くは、河川が泥や砂を堆積させた堆積平野の上にあります。例えば、濃尾平野は、大昔は海の中でしたが、その後、数百万年前の馬 鹿でかい湖の底を経て、氷河期と温暖な気候とが交互して、陸になったり海の底になったり繰り返しながら、地層が厚く堆積してきました。最深部では2kmを 超えます。陸になったときには大きな石ころ(礫)や砂が堆積し、海になったときには粘土が堆積します。この結果、私たちの地下は、岩盤のタライの中に地層 が折り重なって堆積し、地表に近いほど軟らかい地盤になっています。地震波は堅い地盤の中は早く伝わり(岩盤の中では横波は秒速3km程度)、軟らかい地 盤の中を伝わる速度はのろま(軟弱な地盤では秒速100m程度)です。このため、地震波が堅い地盤から、軟らかい地盤に入ると、後ろからやってくる波がど んどん追いついてきて、結果として揺れの大きさが大きくなってしまいます。結果として、堅い地盤に比べて軟らかい地盤の揺れが大きくなることになります (堆積地盤での揺れの増幅、揺れの大きさ以外にも、揺れる周期や揺れる長さにも関係しますが今回は説明を割愛します)。

このように、揺れの強さには、地震の規模(震源断層)、震源からの距離(伝播経路)、地盤の硬軟(地盤増幅)などが関係します。これらをどれだ け適切に考えるかで地震動予測地図の信頼度が決まってきます。この中で、私が最も大事だと思うのは地盤の硬軟です。過去の地震でも道路を挟んで、被害が全 く違うことを良く見受ける。家や土地を買うときに地下がどうなっているかを考える癖を是非つけてほしいと思います。また、揺れを予測する方法もさまざまで す。地震動予測地図と言っても、考えている要因の多さやそれぞれの確かさ、計算の方法の確かさなどによって、ずいぶん異なったものになります。作成機関や 作り手によって揺れの強さが倍半分くらい違うのは日常茶飯事です。また、揺れの強さの尺度にも色々な種類があります。一番馴染みのある震度に加えて、加速 度や速度、あるいは、SI値などという尺度がよく使われています。私たちが作る人工物の種類によって大事な揺れの尺度が異なるからです。

さてさて、ますます、理屈っぽくなってきてしまいました。このようにして作る地震動予測地図ですが、様々な機関が公開をしています。一度ごらんになっては如何でしょうか。以下には、私たちのまちの揺れを公表しているいくつかの地震動予測地図を紹介します。

国の防災の元締めである中央防災会議は、想定東海地震や、東南海地震・南海地震などに対して全国規模で揺れや被害を予測しています。予測の目的 は、強化地域や推進地域の地域指定と、想定される地震被害を予測し、適切な防災対策につなげるためです。揺れは1kmメッシュで予測されています。中央防災会議のホームページから見ることができます。
国の地震防災研究の元締めである地震調査研究推進本部では、今年3月に全国を概観する地震動予測地図を公表しました。地震調査推進本部のホームページから見ることができます。特定の地震に対するシナリオ型の地図と確率論的な地図の両方を公表しています。この地図も1kmメッシュになっています。自分の住まいのハザードを勉強するにはうってつけです。

また、愛知県も、東海地震、東南海地震、東海地震と東南海地震の同時発生に加え、養老-桑名-四日市断層、伊勢湾断層、猿投境川断層などで発生 する地震について、今後の地震対策立案のため被害予測を実施し、この中で地震動予測地図も作っています。ここでは、国の調査に比べ、県や市町村保有のより 多くの地盤データを活用することにより、500mメッシュ単位での揺れを予測しています。愛知県防災局のホームページから参照することができます。
一方、名古屋市では、東海地震と東南海地震が連動した場合を対象に、50mメッシュ単位での「あなたの街の地震マップ」を作成しました。市内4万本程度の ボーリングデータや、過去からの地盤改変(切り土や盛り土)データを元に、市民が我が家を実感できる地図を作り、市民の防災意識の啓発、ひいては耐震化の 促進を図ろうとしています。自分の家を確認できるよう、各区単位で作られています。名古屋市消防局のホームページから参照することもできます。

以上、地震動予測地図について、ごく簡単な解説をさせて頂きました。また、機会を改めて、揺れのことを紹介したいと思います。