単純な加減乗除で分かる地震の怖さ(04/9)

2004年9月

21世紀前半には確実に発生すると言われている東海・東南海・南海地震では、震度6以上の揺れは、神奈川から宮崎に及ぶ。国は、これらの地震に 対する防災対策を推進するため、東海地震に対しては地震防災対策強化地域を、東南海地震・南海地震に対しては地震防災対策推進地域を指定した。両地域に は、国民の三分の一に当たる4000万人以上が居住し、約1000万軒以上の建物がある。予想される被害は、最悪、死者3万人弱、全壊家屋100万軒、経 済被害100兆円とされている。これに対して、我が国の、2004年度歳出予算は82.1兆円、税収は41.7兆円、一般歳出は47.6兆円。年間税収の 2倍程度の被害を覚悟する必要がある。被害の主原因は明らかである。建築物の耐震性不足である。耐震的に問題の残る既存不適格建物は、全国に1400万軒 存在すると言われている。

被災者4000万人を救うのは、25万人の自衛隊(内、陸上自衛隊は15万人)と常備消防機関の消防職員約15万人、消防団員93万人である。これでは 全く人数不足である。国民自らが自らを救い、互いに助け合うしかなく、自助、共助の精神が大事になる。これが地域力の源泉になる。

被害軽減のためには、耐震化が必須である。現状、耐震改修には1軒当り200万円が必要であると言われている。この金額は決して高くは無い。阪神淡路大 震災では、応急仮設住宅を建設し撤去するのに1戸当り350万円(新築費は概ね250万円)の費用が生じた。また、2004年4月からは、被災者生活再建 支援法が改正され、全壊した世帯には最高300万円の補助を行うことになった。耐震化されていない建物は、所有者の命・生活・財産を奪うだけでなく、公的 資金も大量に投入される。強い揺れに見舞われることが確実な地域では、耐震改修が必須である。

耐震化の課題について簡単な試算をしてみる。被災地の1000万軒の建物のうち3割が耐震性に問題があるとすると、全体としての耐震改修費は6兆円とな る。我が国のGDPは約500兆円、長期債務残高は719兆円である。これらと比べれば、6兆円は決して高額ではない。しばらく前に金融危機を理由に公的 資金を破綻した金融機関に投入した金額(12兆円)と比べれば半額である。我が国の勤労者世帯平均年収は約750万円、貯蓄高は約1,300万円、負債高 は約600万円であり、お金が無いわけでもない。2000年度の建設市場 87.7兆円の内、民間住宅の新築は20.8兆円、維持補修は6.1兆円である。年間の維持補修金額に相当するお金で耐震化は可能である。全国に存在する 耐震性に問題の残る住宅は1400万軒と言われる。それを全部改修しても25兆円程度である。将来が見通せる国であれば、耐震化に重点投資するのが当然の 帰結である。

問題は、人と時間である。我が国の建設労務作業者は約300万人、人口百人当り2.3人である。都府県で比較すると、東京は1.7人、愛知は2.2人、 三重は2.3人であり、全国ほぼ均等に労働者が居る。二級建築士は66万人で、人口千人当り5.2人、東京は6.2人、愛知は4.7人、三重は4.9人で ある。一級建築士は全国に31万人で、人口千人当り2.4人、東京は4.9人、愛知は2.4人、三重は1.6人となり、大都市に集中しはじめる。さらに、 建築学会員は34000人で、人口1万人当り2.7人、東京は8.8人、愛知は2.2人、三重は1.3人である。より専門性の高い耐震構造に造詣の深い建 築構造士は2551人で、人口十万人当り2.0人、東京は8.8人、愛知は2.1人、三重は0.5人となる。地域の専門家が圧倒的に不足していることであ る。耐震のことが本当に分る人間が少なければ、高度な耐震診断や改修設計は不可能である。では、時間の方はどうだろうか。2002年度の住宅着工数は約 115万軒である。ということは、1400万軒を建て直すには10年以上の歳月が必要であることになる。すなわち、時間も足りない。

人と時間の限界を考えると、残された余裕時間は少ない。耐震化を推進し被害を抜本的に軽減しない限り、子供達の世代に今の生活を受け継ぐことはできな い。経済力も技術力も有りながら、確実にやってくることが分かっている巨大地震に無策であれば、世界から見捨てられる。今一度何をすべきか考えてみよう。