足元からはじめる防災対策

 防災の基本は備えである。備えるには、「その 時」についての想像力が必要である。ちょっと想像すれば、生き残るために最も重要なのは、家屋の耐震化と家具の転倒防止であることがすぐに分かる。問題 は、想像する機会を作ること、「その時」をリアルに感じられる環境を作ること、耐震化や転倒防止を進めるドライブを作ることにある。前者には啓発や防災教 育が、後者には耐震化のための体制整備が必要になる。

  企業であれば、研修の中に災害対応のための危機管理研修を取り入れるべきであり、定期的に行う防災訓練にリアリティを持たせることも効果的である。また、 企業活動継続のためには、社屋の耐震化は大前提となる。社屋が倒壊すれば、企業そのものの存続が危ぶまれる。特に発災時の対応の拠点となる施設は、免震化 も含め、機能維持のための対応策を施す必要がある。社屋の耐震化が進めば、社員も自ずと、耐震化の重要性に気がつく。
企業の命は、社員である。万一、社員の家族が被災すれば、社員は企業のために働くことは困難になる。社員の家屋の耐震化の度合いが、発災後の企業活動の成 否を分ける。筆者が企業経営者であったら必ず行うのは、まず、独身寮と社宅の耐震化である。企業が社員を大事にしていることを明確に示すことができ、企業 モラルの向上につながる。特に独身者は、若く体力があり、守らなくてはいけない家族が居ないので、災害時には、最も活動しやすい立場にある。

 次に行うのは、社員全員の家の耐震性と家具の転倒 防止状況の調査である。総務部局が中心になって、戸建の持ち家を所有する社員全員に簡易耐震診断を実施させ、その結果を報告させる。耐震性に問題がありそ うな社員の家屋には、企業が耐震診断員を派遣し耐震診断を実施する。万一、耐震性が不十分な場合には、耐震改修のための融資を企業が行う。そして、耐震改 修を実施した人間については、それを顕彰するような仕組みを作る。また、共同住宅に居住する社員に対しては、住宅の建築年(新耐震かどうか)、階数、構造 (RC造、鉄骨造、木造)、住所(地盤の良否を判断)、1階の用途(駐車場や店舗などピロティかどうか)などをアンケートして、ある程度の耐震性を判断す る。賃貸住宅の場合で明らかに耐震性が不足していると思われる時には、転居を進める。このようにして、社員の家屋の耐震性を企業として把握すると共に、社 員の家屋の耐震化を進めれば、企業の危機管理対応力は格段に向上する。家具の転倒防止については、転倒防止法のパンフレット作成、転倒防止器具の頒布、転 倒防止の工事業者の斡旋を行えば良い。例えば、防災の日前後に、社員食堂の一部のスペースを借りて、防災展示コーナーを設け、そこにパネル展示や、建築関 係部局の人間による耐震相談などを実践すれば、効果的であろう。

 防災マニュアル作りも企業と家庭で実践すべきであ る。マニュアルは、いざという時の行動規範であり、災害対応のための教訓集でもある。できれば、立派なマニュアルだけでなく、一目で分かる簡単マニュアル も作りたい。マニュアルよりも役に立つのはマニュアルを作った人間である。部署ごとに何度も改訂してマニュアル作成に携わる人を増やすことが生きた防災対 策につながる。防災マニュアルには、わが家を守るものから、国の安全保障まで、様々なレベルがある。また、災害にも多くの種類がある。災害発生前の備えか ら発生後の対処方法まで、災害発生前後の時間経過を考える必要もある。地震の規模や揺れの強さによっても災害の様相が異なる。

 マニュアル作りで一番大事なのは想像力である。私 たちは、想像を越えた事態に遭遇すると萎縮したり、パニックを起こしたりするが、予測・準備していたことであれば、事態が重大でも冷静・適切に対処でき る。マニュアルには、災害発生の理屈・原因を記した解説に加え、災害の発生や拡大を未然に防ぐ方法(災害予防)、災害時に発生した不具合に対処する方法 (応急対応)、災害後の問題を解決し日常状態に戻す方法(復旧・復興)について記す。台風のように毎年繰り返し経験する災害の場合には防災マニュアルがな くてもある程度適切な対応が可能だが、地震などのように滅多に来ない災害ではそうは行かない。是非、マニュアル作りを実践して欲しい。