単純な計算からわかる耐震化の大事さ

 21世紀前半には確実に発生すると言われている 東海・東南海・南海地震では、震度6以上の揺れは、神奈川から宮崎に及ぶ。国は、これらの地震に対する防災対策を推進するため、東海地震に対しては地震防 災対策強化地域を、東南海地震・南海地震に対しては地震防災対策推進地域を指定した。両地域には、国民の三分の一に当たる4000万人以上が居住し、約 1000万軒の建物がある。予想される被害は、最悪、死者3万人弱、全壊家屋100万軒、経済被害100兆円とされている。これに対して、我が国の、 2004年度歳出予算は82.1兆円、税収は41.7兆円、一般歳出は47.6兆円。年間税収の2倍程度の被害を覚悟する必要がある。被害の主原因は明ら かである。建築物の耐震性不足である。耐震的に問題の残る既存不適格建物は、全国に1400万軒存在すると言われている。

 被災者4000万人を救うのは、25万人の自衛隊 (内、陸上自衛隊は15万人)と常備消防機関の消防職員約15万人、消防団員93万人である。これでは全く人数不足である。国民自らが自らを救い、互いに 助け合うしかなく、自助、共助の精神が大事になる。これが地域力の源泉になる。

 被害軽減のためには、耐震化が必須である。現状、 耐震改修には1軒当り200万円が必要であると言われている。この金額は決して高くは無い。阪神淡路大震災では、応急仮設住宅を建設し撤去するのに1戸当 り350万円(新築費は概ね250万円)の費用が生じた。また、2004年4月からは、被災者生活再建支援法が改正され、全壊した世帯には最高300万円 の補助を行うことになった。耐震化されていない建物は、所有者の命・生活・財産を奪うだけでなく、公的資金も大量に投入される。強い揺れに見舞われること が確実な地域では、耐震改修が必須である。

 以下に、耐震化の課題について簡単な試算をしてみ る。被災地の1000万軒の建物のうち3割が耐震性に問題があるとすると、全体としての耐震改修費は6兆円となる。我が国のGDPは約500兆円、長期債 務残高は719兆円である。これらと比べれば、6兆円は決して高額ではない。国債の利息以下の金額である。しばらく前に金融危機を理由に公的資金を金融機 関に投入した金額と比べれば決して高くは無い。我が国の勤労者世帯平均年収は約750万円、貯蓄高は約1,300万円、負債高は約600万円であり、 200万円が出せない状況でも無い。2000年度の建設市場 87.7兆円の内、民間住宅の新築は20.8兆円、維持補修は6.1兆円である。年間の維持補修金額に相当するお金で解決可能である。全国に存在する耐震 性に問題の残る住宅は1400万軒と言われる。それを全部改修しても25兆円程度である。あくまでも、国民の判断であるが、将来が見通せる国民であれば、 耐震化に重点投資するのが当然の帰結である。

 問題は、人と時間である。我が国の建設労務作業者 は約300万人、人口百人当り2.3人である。都府県で比較すると、東京は1.7人、愛知は2.2人、三重は2.3人であり、全国ほぼ均等に労働者が居 る。二級建築士は66万人で、人口千人当り5.2人、東京は6.2人、愛知は4.7人、三重は4.9人である。より専門家した一級建築士は全国に31万人 で、人口千人当り2.4人、東京は4.9人、愛知は2.4人、三重は1.6人となり、大都市に集中しはじめる。さらに、建築学会員は34000人で、人口 1万人当り2.7人、東京は8.8人、愛知は2.2人、三重は1.3人である。より専門性の高い耐震構造に造詣の深い建築構造士は2551人で、人口十万 人当り2.0人、東京は8.8人、愛知は2.1人、三重は0.5人となる。一例として、建設労務作業者と建築構造士の都道府県比較の結果をに 示しておく。問題なのは、専門家の東京一極集中であり、地域の専門家が圧倒的に不足していることである。耐震のことが本当に分る人間が少なければ、高度な 耐震診断や改修設計は不可能である。だからこそ、簡易な診断・改修方法を作り、木造診断士を大量に促成することが必要になってきた。では、時間の方はどう だろうか。2002年度の住宅着工数は約115万軒である。ということは、1400万軒を建て直すには10年以上の歳月が必要であることになる。すなわ ち、時間も足りない。

 人と時間の限界を考えると、残された余裕時間は少 ない。耐震化を推進し被害を抜本的に軽減しない限り、子供達の世代に今の生活を受け継ぐことはできない。経済力も技術力も有りながら、確実にやってくるこ とが分かっている巨大地震に無策であれば、世界から見捨てられる。今一度何をすべきか考えてみよう。