津波常襲地帯での最悪シナリオ

 地震に備えるには、そのとき、何が起こるかの想像力が大事になる。少し悲観的な想像をしてみよう。写真1に 現在の三重県尾鷲市の様子を示す。この場所の近くには、60年前の東南海地震の時、9mの津波が襲った。150年前の安政東海地震の時の津波はもっと高 かったと言う。そこに再び耐震性が不十分な木造家屋が密集して作られてしまった。当時には、写真の中央に小高い丘が有ったそうだ。しかし、これを削り取っ て、海を埋め立て、写真左奥に火力発電所を建設した。右隣には石油タンク群が見える。最悪のシナリオを考えると怖い。ドラマ仕立てでその時を想像してみよ う。真冬の夜だとする。主人公は2階で寝ている独身の貴方である。

深い眠りの中、強い縦揺れを感じ、目を覚ます。 10秒位で強烈な横揺れが襲う。家具が倒れ、もの凄い音がする。揺れはなかなか収まらない。途中、宙に浮いた気がした。死の恐怖を覚える。揺れが終わると 急に静かになる。真っ暗闇の中の静寂だ。運良く、家具の下敷きにならず、けがも無いようだ。直ぐに逃げなければ、津波が襲ってくる。寝間着のまま、布団か ら飛び出す。突然、足に痛みが走る。何かを踏んでしまった。我慢するしかない。部屋のドアを開けようとするが、家がひずんでいて開かない。やむを得ず、何 とか窓を開ける。どうも変だ。道路が直ぐそこにある。1階がつぶれている。恐る恐る、窓から道路に飛び降りる。階下でうめき声がする。祖父母だ。真っ暗闇 で良く分からない。「大丈夫か」と大声で呼びかける。すると、両親が「大丈夫だ」と答える。次いで、「俺たちが助けるからおまえは早く逃げろ。津波が来 る。先に行け。」と叫んだ。やむを得ず、家が密集した狭い道を、高台に走った。裸足なので、足が痛い。左右の家からうめき声が聞こえる。でも振り切るしか ない。突然、道がふさがってしまった。家が倒壊している。これでは通れない。まるで迷路だ。歩き慣れた道なのに、焦る。ゴーッと言う音が後ろからする。と にかく必死で急いだ。何とか高台に上った。周辺にはゼイゼイ言っている人たちが沢山居る。後ろを見ると、所々、火が付いている。その明かりで、家が沢山倒 れているのが見える。ちょうどその時、もの凄い音と共に火が消えた。津波だ! 第1波がやってきた。消防団の友達はどうしているだろう。こんな状況で、あ んなに沢山の水門を閉めている余裕なんてなかっただろう。目の前の街は津波に翻弄されている。急に寒さを感じ始めた。

 海 を埋め立てた発電所では、煙突が揺れ続けている。あちこちで泥水が噴き出し、地面が底なし沼のようになっている。液状化だ! 発電所も非常停止した。脇に ある石油タンクでは、中の油が大きく動揺している。スロッシングがおこっている。タンクから火の手が上がった。とても消せない。別のタンクでは油が漏れて いるようだ。そこに津波が襲来した。津波が漏れ出た油を街に運んでいる。あっ、燃えている家で油に引火してしまった。まずい。街中に火が広がってしまっ た。もの凄い煙だ。息ができない。山に登るしか無い。夜が明けた。山から見下ろした街は悲惨だ。揺れで壊れた建物。津波で打ち上げられた船とゴミの山。津 波を免れた高台の家は黒こげ。もの凄い臭いだ。もう、何も残っていない。両親、祖父母も心配だ。逃げろと言われたのが最後の言葉だ。

 山 の中で、野宿しながら、谷川で水を飲み、山菜を採り、薪をしながら、皆で救援を待つ。しかし、救援が来ない。そうだ、この街に通じるのは、国道42号線一 本。この道は、山間を通っている。土砂崩れを起こしていたら通れない。海も、ゴミだらけで船は接岸できそうもない。助けは来てくれるだろうか。隣の漁港町 はどうなっただろう。

 余り想像したくないことである。しかし、あり得な いと切り捨てることができない話のように思う。家族を失い、家を失い、勤め先も失うかもしれない。同様の地域は太平洋沿岸の各所に残っているのではないだ ろうか。今一度、六十年前の出来事を思い出し、その時のために、何を備えれば良いか考えて欲しい。

 防災対策の基本は想像力である。いやな事ではあるが、最悪のシナリオを考えて見ることが大事だ。そして、何がボトルネックかを知り、重要なポイントから手当てする必要がある。