ビルの地震被害

 私たちが昼間、勤務したり、勉強している建物の多くは、鉄筋コンクリート(RC)造や鉄骨(S)造のビルや、工場である。ここでは、ビルの被害について考えてみる。

 RC造やS造の建物の弱点も木造住宅と共通である。写真1の ように、1階が駐車場や商店街で2階以上が住戸の共同住宅となるピロティ的な建物では、1階と上階との剛性のバランスが悪くなり、1階に変形が集中する。 RC造の建物の場合、1階の柱の横方向の鉄筋(せん断補強筋、帯筋)が不足すると変形能力(靭性=粘り)が不足し、1階が崩落しやすくなる。

 RC造の建物の建設現場に行くと、カゴ状の鉄筋を作って、その後に、張りぼてのように型枠を作 り、その中にコンクリートを流し込んでいる。鉄筋のカゴは、柱が大きな力を受けたときに中のコンクリートが外にはらみだすことを防いでくれる。これによっ て、柱が崩落せずに大きな変形に耐えられる。丁度、桶のタガと同じである。1981年より前の建物の場合には、この横方向の鉄筋が十分では無かった。左の 写真の右上の様子を見てみるとよく分かる。

 ちなみに、鉄筋コンクリート造 (Reinforced Concrete:補強されたコンクリート)とは、鉄筋とコンクリートを組み合わせた構造である。コンクリートは押す力(圧縮力)にはめっぽう強いが、引 く力(引張力)には弱い。逆に、細長い鉄(鉄筋)は、押すと直ぐに曲がってしまう(座屈する)が、引く力には強い。鉄は空気に触れると錆びてしまうが、鉄 筋をコンクリートで覆ってやれば、鉄は錆びにくくなる。コンクリートと鉄筋を一緒にすると、両者の欠点を補い、長所を生かし合える。さらに良いことに、鉄 とコンクリートは温度による膨張率が同じなので、気温変化があっても離れることがない。両者の相性は最高である。

 一方、S造建物は、鉄骨工場で作った鉄骨部材を現場でつなぎ合わせる。つなぐ方法にはボルトを使う方法と溶接する方法がある。鉄骨造の被害で目立つのはこの接合部の被害である(写真2)。 本来、鉄骨は粘り強く地震に抵抗する性質を持っているが、柱と梁や、柱と基礎との間の接合部に十分な強度がないと、肝心の鉄骨の良さが失われてしまう。多 くは施工の仕方に問題があるようである。接合がしっかりされているかどうかは、施工後は見つけにくいので注意が必要だ。

 阪神淡路大震災での建物被害を見ると、同じ年代のビルでも高層の建物の被害が大きい。図1は、 震度7の震災の帯の中でのRC造建物の階数別の被害率である。現行の耐震基準は震度7の揺れには対応していないので、殆どのビルが倒壊してもやむをえない はずである。確かに、高層の建物では、設計での想定の通り被害が大きい。一方で、低層の建物はよほど大きな余力が有ったのか被害は軽微であった。ある意 味、技術力不足が幸いした。新たに建物を建設する場合、建築主は建築設計者に適切な耐震余裕を確保することを指示するべきである。

 神戸の中心街、三宮地区では、10階程度の中層の事務所ビルの中間階が崩落するという破壊形式が注目された(写真3)。 写真左の神戸市役所旧庁舎もその一つである。新耐震設計法が導入された1981年より前は、上階は下階よりも良く揺れるという、揺れの増幅効果が十分に考 えられていなかった。このため、柱の断面寸法や構造を変化させた特定階などで耐力が不足し中間階に損傷が集中した。こういった建物は1950~60年代の 建物に多い。それよりも前の建物は、壁の量が多く堅い建物が多かったため、建物の中での揺れの増幅が少なく、余力も大きかった。

 既存不的確建物の耐震性向上のため に、1995年12月に耐震改修の促進に関する法律が制定され、公共建物を中心に耐震診断、改修が進められつつある。残念ながら、民間建物や戸建て住宅の 改修は遅々として進んでいない。甚大な被害の主因が建築物の被害にあることを考えると、抜本的な改善が必要である。

 ちなみに、阪神淡路大震災とこれか ら遭遇する南海トラフでの巨大地震の決定的な違いは、揺れ方の違いである。ゆっくりとした長周期の揺れが長い間続く。これで強く揺れる怖れがあるのが長周 期の建物である。団扇を仰ぐとき、手のゆすり方で団扇の揺れが大きく違うのを思い出してほしい。共振現象である。私たちの身の回りには多くの長周期構造物 が存在する。長大橋、煙突、高層建物、免震建物、タンク内の液体などである。これらは、過去の巨大地震のときには存在していなかった構造物であり、十分な 注意が必要である。