揺れと津波

 中央防災会議から公表された、東海・東南海・南海地震同時発生時の震度分布を図1に示す。図のように、東は神奈川から、西は宮崎まで、震度6以上の揺れとなる。兵庫県南部地震で震度6以上の揺れに見舞われた地域(図2) と比べ、桁違いに広い地域が強い揺れに見舞われる。震度6強以上の揺れに見舞われるのは、震源域が陸域にかかる静岡から東三河の地域、渥美半島、紀伊半 島、四国の沿岸地域である。震源から距離があっても、濃尾平野、大阪平野、琵琶湖周辺、伊那谷から諏訪湖にかけての地域など、軟弱な地盤の広がる地域で は、強い揺れとなっている。

 軟弱な地盤が広がる地域では、液状化も懸念される。液状化とは、地下水に浸かっている砂地盤が強い揺れを受けて、液体状になる現象である。スーパーで 買ったコーヒー豆を袋から瓶の中に移すときのことを考えてみよう。蓋の位置まで豆を入れた後、瓶を軽く左右に揺って、上に隙間を空けて、コーヒー豆を追加 したりする。これと同じことが砂地盤でも起きる。緩く堆積した砂が地震の時に強烈な揺れを受けると、砂は砂粒の間の隙間を小さくして締め固まろうとする。 地下水面以下では、隙間は水が満たされている。隙間が小さくなっても水はすぐに移動できないので、水圧が急に高まる。これによって砂粒の間で噛み合ってい た力が失われ、砂粒が水の中に浮いてしまい、泥水状になってしまう。これが液状化である。建物を支えてくれていた地盤が突然底なし沼のようになってしま う。建物を杭基礎でしっかり支えていない建物は、液状化すると傾いたり、沈んだりする。逆に、軽いマンホールは地上に飛び出す。海岸近くでは、地盤が横方 向に動く側方流動現象が発生し、岸壁が海側に移動し、陸が海水面かに沈んでしまう場合もある。

 もう一つの問題は、長い間続く長周期地震動の問題である。南海トラフでの3兄弟が同時に騒ぐと、 震源の大きさは東西700kmにも及ぶ。断層の破壊は秒速2~3kmという高速で進むが、断層規模が大きいため、全体が破壊するのに100秒以上の時間を 要する。兵庫県南部地震では震源断層は40km程度だったため、震源断層近くでは10秒程度の揺れであった。南海トラフでの巨大地震の揺れは、神戸で経験 したものとは違い、ずいぶん長いものになるだろう。さらに、大阪や名古屋が位置する大阪平野・濃尾平野では、たらいの中の水のような形で軟弱な地盤が堆積 しているため、一度揺れ始めると揺れが収まりにくい。このため、極めて長い時間、ゆったりとした長周期の揺れが続く。過去の巨大地震の時には存在していな かった長大構造物については、こういった長く続く長周期の揺れに対して改めて検討が必要かもしれない。

 南海トラフでの巨大地震は震源域の多くの部分が海域にあるため、地震発生時に海底が広い範囲で押 し上げられ、津波が発生する。津波の速度は、沖合ではジェット機並みの速度で伝わる。海底が浅くなると、速度が遅くなり、津波高さを増す。遅いと言って も、オリンピックの短距離走の選手並みの早さなので、津波を見てからでは、逃げ切れない。津波高さも、10階建てのビルに相当する高さの津波がやってきた 事例もある。最近であれば、1993年北海道南西沖地震の時の奥尻島青苗地区の惨状を思い出す。津波で建物が流された後、火事で街全体が焼失した。

 図3図4に 東南海地震と南海地震が同時発生したときの津波の到達時間と津波高さの予測結果を示すが、震源域に近い太平洋岸には、津波は10分以内で到達し、津波高さ も3mを超える。残念ながら、津波に対しては、高い所に逃げるしか手段がない。できれば、津波に襲われる低い地域からは家屋を移転したい。昭和の東南海地 震・南海地震は地震の規模が小さかったため、安政の地震の時に比べ、津波の高さが相当に低かったようである。当時と比べ低地の埋め立て地も広がっており、 そこには、石油タンクなどの危険物を保管している施設も沢山ある。2003年十勝沖地震における苫小牧での石油タンク火災は記憶に新しい。昭和の地震で津 波被害が無かった地域でも油断禁物である。

図1 http://www.bousai.go.jp
図2 http://www.jishin.go.jp
図3&4 http://www.bousai.go.jp